石原純が暮らした家
- 2018年9月21日
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更新日:2月1日
6月から取り組んできた本が出来上がった。名前は『保田震災記 石原純が残した記録』とつけた。石原純は、大正から昭和初期にかけて科学者・歌人・科学ジャーナリストと、多面的な活動した人物で、いずれの仕事も当時の国内では一流の水準だった。石原はヨーロッパでアインシュタインに理論物理学を学んだ。後にアインシュタインがノーベル物理学賞をとって、世界的に有名になって、日本に講演に来た時には、石原はその通訳として各地に同行した。石原は保田の小学校の裏山に洋館をたてて、女流歌人の原阿佐緒と移り住み、このことは当時スキャンダルとして新聞で大きく報じられた。石原は原と別れてからも、この家に暮らし、この家で亡くなった。
保田小学校に通っていたころ、「この裏の山に昔有名な博士がいたんだよ」と先生に言われて、どんな人だったんだろうと二階の窓から裏山を眺めていた時期があった。いま思い返すとあれは石原の事だったんだな。
石原の暮らした家は、保田小学校の裏山の南向きの丘の上で明るい日を浴びて建っていた。この家は、昭和40年代に取り壊されてしまってもうない。赤い瓦で、白壁で、その意匠、プロポーションは、どこか建築家西村伊作の設計した文化住宅のような感じがする。むしろ個人的には西村伊作の設計ではないかと思っているのだが、このことは、確証が得られなかったので、本には書けなかった。
いずれにせよ、現存していないことは残念ではあるが、すでに私が生まれる前には解体されているのだ。それは仕方のないこと。
すこしでもこの建物の雰囲気というもの感じてみたくなって、本作りの次はレゴブロックで建設してみることにした。
なかなかいいゾ。こんど学校裏の丘に持って行ってみよう。

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