保田駅の改札の脇には古びたショーウィンドウがある。細い丸太で骨が組まれ、駅舎の待合室の壁面に作り付けになっていて、側面は薄い漆喰の壁、庇が出ている。なかには1畳分のゴザが敷かれていて、天井は網代網になっている。ショーウィンドウというより飾り棚という風情。素朴でほのかに数寄感のある意匠。この佇まいがとても気に入っている。
このような飾り棚は隣駅の安房勝山駅と浜金谷駅にはない。完全に建て直されてしまっている駅もあるが、現在のところ南房総の駅では恐らく他にはないだろう。保田駅ができたのは、大正6年。この棚はつくりからして同年代に作られたと思われる。明治以来、保田は汽船を使った避暑客でにぎわう海辺の町であったが、東京からの鉄道開通を機にそのにぎわいは加速していく。近所になった保田へは多くの人が陸路で訪れ、滞在し、別荘を構えたりする人が出はじめた。昭和初期には軽井沢や大磯と並ぶほどの避暑・海水浴客たちが訪れていたという。
この飾り棚は、当時の様子を伝える貴重な存在ではないかと思う。華奢で年季の入ったその姿は、まるで保田を行きかう人々を眺め続けてきた古老のようなだが、現役で使われている。おととい見たときには、天井からはケミカルな素材の藤の花の造花が垂れていて、ゴザの上にはカエルちゃんがのんきに横になっていた。梅雨を前にした季節感が表現されていた。
いまもこうして誰かが使い継いでいること自体にジーンと来てしまう。ひっそりとしたものだけれど、確実にこれは保田の文化遺産だと思う。
もてなしとは、こういうことの積み重ねなんだろうな。ここにも保田らしい文化を見つけたゾ。
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