「そろそろ雨が降るなぁ」そう言った日の午後、少しばかり雨が降った。
山崎さんは、保田に住むアマチュア写真家だ。鋸山の南麓にある保田の元名海岸に生まれ育ち、御年81歳。家は漁師で、幼いころから学校に通いながら元名の海で地引網や漁の手伝いをした。当時、保田の海は避暑客でにぎわっていた。10代に夏に貸しボート屋でアルバイトをしてすごし、20歳頃にカメラを買って以来、65年ほど、移り変わる元名海岸の風景を中心に、日常的にカメラを構えている。 私は以前すぐ近くのホテルで働いていて、日常的に山崎さんと顔を合わせていた。ある晴れた日の朝、山崎さんは「そろそろ雨が降るなぁ」と言った。その日の午後保田には少しばかり通り雨が降り、元名海岸にはきれいな弧を描いた虹がかかった。こんなようなやり取りをすると、さすがだなと魅力を感じずにはいられない。長年元名の海で生活してきた山崎さんは、微細な気象や潮流の変化も見逃さないし、体感で分っているのだと思う。言葉少ないが、会話の調子は骨太で海の男の感がある。
山崎さんと初めてお会いしたのは、保田の古いことを聞きに知人宅に取材に伺った時だった。山崎さんは、保田の古い写真や印刷物など、昔のことを収集保存している。地域の高齢者と話していても、わからないことは「山崎さんに聞けばわかる」と名前が出てくる。いわば保田の生き字引だ。私は戦前の保田の避暑保養地について調べているが、わからないことがあるとよく山崎さんに会いに行く。
山崎さんは、対岸に見える富士山や、まじかにそびえる鋸山を撮る。海で生活することで体得した風光への敏感さを感じる。中でも、私は虹の写真が好きだ。そこに生活しているからこそ撮れる作品なのだ。
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