この辺りは、週末や祝日には、趣味の自転車を走らせている人をよく見かける。カーボン製のロードバイクにピタリした服を着て颯爽と走る人や、鉄製のシンプルなもので急がない感じの人。初心者から上級者まで様々な乗り方をしている人が行きかう。
去年、梅雨が明けて間もないころ、印象的な自転車乗りの紳士に出会った。
親類を迎えに車で保田駅まで行向かう途中、駅前交差点で信号待ちをしていると、左方からエンジ色のクラシックなランドナーにまたがった初老の男性が、ゆっくりと走ってきた。男性の恰好は、白髪でさらりとしたオールバックで服装は白いタイトなポロシャツと黒い短パン、白いソックスに履きやすそうなな黒い革靴を身に着けていた。愛車と共に長く自転車に乗ってきたような佇まいがにじみ出ていて、品があって素敵だなと感じた。
電車の到着まで少し時間あったので駅の広場にいると、その男性が仲間数人とこちらに来て、古い駅舎の軒下に自転車を止めた。その自転車を覗くと、溶接部分に凝った意匠のある海外製のフレームだった。フレームはところどころ塗装がはがれていたが、ギアやチェーン、ペダル、泥除けは綺麗に磨きあげられていて、とても感じよくシルバーに光っていた。後輪の泥除けには小さな丸型の赤い反射板がついていて、年代を感じさせた。使い古したブルックスのレザーサドルはとても味のある風合いで、ドロップハンドルに取り付けられた帆布のサイクルバッグも年季が入っていたが物がよいと見えて、いい使い込み具合だった。
戻ってきた男性に「素敵な自転車ですね」と声をかけた。男性は「ありがとう、もう、だいぶ乗っているんです」と落ち着いた口調で汗を拭きながら言った。「20年くらい前のものですか?」と聞くと「25年くらい前のもので、私のやっている自転車屋でフルオーダーしたんです。フレームはフランス製で、タイヤは乗りやすくブリジストンのふつうのやつ。」「私も20年くらい前のブリジストンのロードに乗っています。親戚の蔵に長い事おいてあったやつをもらってきれいにしました」そんな会話をした。
そのうち仲間の一人が来て、「この人は日本のサイクリストとの生き字引なんだよ」という。なんでも東京で60年ほど自転車屋を経営している人で、古いパーツや車体に詳しく、コアな自転車乗りに支持されているのだという。
「この辺はどれくらい走りに来たことがありますか?」と聞くと「もう数え切れないよ、花の季節はきれいだし、風も気持ちよくて、とっても気に入っているよ」と、サイクルバッグから古い地図を取り出した。地図は走った道を赤い色鉛筆でなぞってあった。半島上の幹線国道はもちろん、県道や、地元の人が通るような道も塗られ、血管の如く線がのびていた。 電車が到着したのでお礼を言って、改札を出てきた親類を乗せて家に向かった。
いろいろな自転車乗りを見かけるが、あの人はちょっと違った。また会ってみたい。
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